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一本の糸 ポスターから始まったドミノ人生

来月から忙しくなりそうなので、今のうちにと、勉強の合間に引越の報告メールを送っています。

小学校の後輩から去年出会った人まで、最近ではメールでのやり取りが中心の人も含めて、近況が聞けてとても嬉しいです。

※ご無沙汰している方、ぜひ近況を教えてくださいね!
 → http://appendix.furahi.com/mail/


人生って、「1つのことが起こったから次のことが起こる」「1つの選択肢を選んだから次の選択肢が現れる」ことの連続だと思うのです。

数学の「確率」で言えば(15年ぶりに勉強してます)、確率が重なっていく場合、その確率は掛け算の積になるので、これまでの自分のすべての選択によって「今の自分」がある確率って、ものすごく低いのかな、と思ったり。

一方で、今の自分は今の自分でしかない、と考えれば、確率は1(=100%)とも考えられるけれど。


今、自分がここ・東三河にいるのも、いろんな選択の結果です。

1つ1つをたどっていくと、結局は「生まれた」という所までたどり着くんだけれど、自分の意思を思い出せる範囲で振り返ってみた時に、学生時代に出会った1枚のポスターが「あるきっかけ」になったと考えることもできて、その考え方が結構好きだったりもします。


12年前。そのポスターは、A2サイズくらいの大きさで、学内の掲示板にさりげなく貼られていました。

フラヒのふろく 310-1.jpg

草原にすっと立つ、赤いドレスを着た1人の女性。「春昼」という2文字。なぜか気になって近づいてみると、演劇の案内であることが分かりました。その隅に控えめに書いていた「公開練習」の4文字。劇団「パパ=タラフマラ」との出会いです。
 http://www.pappa-tara.com/

その後入団したわけではありません。ただ、その後参加した演劇ワークショップやプロの劇団員の方々との出会いが、確実に自分の人生観を広げたことは間違いありません。

そしてそれが、直後から始まった就職活動の結果、紆余曲折を経て、「青年海外協力隊」という選択に結び付いていったように感じています。


青年海外協力隊で受けた影響はとても大きいものです。帰国後は、アフリカだけでなく、日本やアジアのことも気にかかるようになりました。

そんな中で、協力隊の先輩に勧められ、「九州アジア大学」に参加。日本で最もアジア寄りにある九州で、アジアの青年たちと、アジアのことを話し合う。とても刺激的な勉強会でした。

翌年、九州アジア大学の同窓会で、「青年の船」の話を初めて耳にします。帰宅後、さっそくホームページを確認。締め切りまで1か月を切っていましたが、無事に参加することができました。


下船後、青年海外協力隊の募集説明会で会った人に誘われ、東京へ。そのタイミングで、東南アジア青年の船の先輩から、「地球市民アカデミア」という市民講座の案内をもらい、参加します。

そして、地球市民アカデミアでの出会いがきっかけとなり、今のタイミングで、東三河への転居を決断しました。


パパ=タラフマラ ⇒ 青年海外協力隊 ⇒ 九州アジア大学 ⇒ 東南アジア青年の船 ⇒ 地球市民アカデミア ⇒ 東三河

これだけのドミノが重なって今があるんだと思うと、とても不思議な気持ちになります。1つ抜けていても、ここにはいないんだなぁ。


もちろん実際は、家族、今までの仕事、プロフィールに書いた活動やそこで出会った人、またそこには書いていない活動や人、読んだ本など、それぞれからのいろんな影響があって、今があるんだと思います。

そういった、出会いを大切にする気持ちや、そこから広がる無限の世界のことを、これから出会う子どもたちと共有していけたら良いな。

パパ・タラフマラ

草原に立つ、真っ赤なドレスを着た女性。1枚のポスターが自分の人生に与えた影響は、とても大きかったようです。


1998年の夏。大学の掲示板に貼られていたそのポスターは、劇団『パパ・タラフマラ』の『春昼(はるひる)』の公演案内でした。

それまで演劇には興味があったものの、ほとんど見たこともなかったのですが、なぜかそのポスターに惹かれ、立ち止まりました。


そのポスターには、本番の案内と同時に、公開練習の案内が書かれていました。差し迫ったその日時と場所を手帳に書き、おそるおそるその場に行ってみると…。誰もいない?

問い合わせてみると、会場が隣町に変更になったとのこと。なぜかは覚えていませんが、そこであきらめず、車を飛ばして隣町に向かいました。


会場では稽古の真っ最中。そこで初めて知ったのですが、『春昼』の舞台では、市民からコロス(エキストラ)を募っているとのこと。

公開練習まで見に来る人は珍しかったらしく、男性が足りなかったこともあり、応募の締切は過ぎていましたが、「参加してみない?」と誘われました(その方が役者さんであることも、後から知りました)。

突然のことに即決できず、1日だけ待ってもらうことにしましたが、翌日には「お願いします」と返事をしていました。


『パパ・タラフマラ』での稽古は、自分の想像していた劇団の稽古とは全然違いました。一般市民が相手ということもあったのかもしれません。

音楽に合わせて、「はい、踊って!」と言われたり(当然まごつきました)、ペアになって、体の節々の筋肉・関節をほぐしていったり、その場ですばやく倒れる練習を何度もしたり…。全てが異世界でした。


中でも、床に貼られた20メートルくらいの直線テープの上を「できるだけゆっくり歩く」練習が、深く印象に残りました。

みんなが一生懸命にゆっくり歩く中、演出の小池さんの指示は、「そうじゃない。時間の感覚を変えるんだよ。自分の中に流れている時間をゆっくりしていくんだ。」というもの。

その時の感覚は、今でも忘れられません。「自分の中に流れる時間」というものがあるなんて、それまで考えたこともありませんでしたが、意識を集中していくうちに、ほんのかすかに、その存在に出合った気がしました。


舞台の上で役者に流れている時間が、それを見ている自分のものと違うことに観客が気づくとき、そこに初めて舞台上の世界の「リアル」が生まれるんだそうです。


その感覚、自分の中に流れる時間を意識することは、その後の自分の人生の中でふとした瞬間に思い出されて、そんな瞬間に立ち会うと、なんだか体と心がほっとします。誰のものでもない、自分だけの時間を持っていることに、励まされるのかもしれません。


『春昼』の後も、その年とその翌年の2回、『パパ・タラフマラ』が主催する演劇ワークショップに参加しました。

1年目は性別を超え、人間ですらなくなって演じ、2年目は逆にどっぷりと人間を演じました。そこでの経験と、そこで出会った仲間たちは、自分の人生をとても豊かにしてくれています。


その後の自分は、「超氷河期」と呼ばれた就活を通り抜け、「ロスト・ジェネレーション」と言われる世代に属していますが、『パパ・タラフマラ』の皆さんが今も身をもって示してくれている、「人生にはいろんな選択肢があるんだよ」「勝ち組、負け組なんてないんだよ」というメッセージに強く共感しながら、そういった環境づくりに少しでも関われる人生を送りたいと願っています。

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