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農村の日々のあれこれエトセトラ

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木パブ

発起人の今長さんが、大分市内の知人のパブで始めた、海外在住経験者の集まり。2003年の夏、ふとしたきっかけで知り、何度か参加しました。


今長さんがオーストラリアでワーキングホリデーをしていた頃に、現地の斡旋会社が毎週木曜日に行っていたイベントを木パブ(もくぱぶ)と呼んでいたことに由来し、大分でも同様の活動を始めたとのこと。


大分市内で、同様の取り組みを知らなかったため、とても興味深く、ワーキングホリデーの話も新鮮でした。オーストラリアでは身近な雰囲気の良いパブでの時間も楽しかったです。

創ネットワーク

1999年の初夏。地球が滅亡をまぬがれてほっとしていた頃、国連クラシックライブのミュージカル仲間の紹介で、1人のおじさんに出会いました。

おじさんのことは、「創さん」と呼ばれていること、冬はスキーのインストラクターをしていること以外、ほとんど分かりませんでした。そしてなぜか、創さんはいつも20代の仲間たちに囲まれていました。


創さんが山から下りてくる晩春と、山に戻っていく晩秋に、飲み会がありました。夏の間には、変わった企画があり、その1つ、「サルを見に行くツアー」に参加しました。


新宿に夜中に集合し、小型バスで長野へ。参加者は5~6人。夏のスキー場に行くのは初めてで、とても新鮮でした。リフトがなんだか寂しげだったのを覚えています(サルは、あまり覚えていません。そもそも、なぜサルだったのか…)。


そんな感じのゆる~いつながりが心地良く、創さんのやたら明るいキャラクターに引っ張られ。青年海外協力隊の赴任直前には壮行会もしていただきました。


帰国後は地元に戻り、いつの間にか連絡も途絶えていたのですが、ふとしたきっかけで再び連絡が取れ、先日の飲み会で7年ぶりに再会しました。

相変わらず構図は一緒で、創さん+若者たち。飲み会の参加者に話を聞くと、10年来の付き合いの方から、つい先日知り合った方まで、さまざまでした。


みんなが不思議に思っている創ネットワーク。でも、だれもそれ以上はつっこまず、会話を楽しんで、解散しました。そんな不思議なおじさんと、不思議なネットワーク。また機会を見つけて、ゆる~く参加しようと思います。


「生き方は人それぞれ。」そうは言っても、自分の許容範囲を超えた存在に対して、人がどんな反応をするかは、ホームレスの人たちと接する中で、たくさん話を聞き、実際に見てきました。そして、ところ変われば、自分もその1人であることも実感しています。


創さんや、日本縦断自転車旅行中に知り合ったおじさんたち。彼らと接し、そのエネルギーや生きがいに触れ、その生き方を通して、自分の許容範囲が広がっていくのを感じています。そんな楽しい体験を、これからも続けていこうと思います。

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