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農村の日々のあれこれエトセトラ

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疑問/心の声

ではなぜ、役所や福祉事務所では「水際作戦」が行われてしまうのでしょうか。「社会保障費を抑えるため」なのでしょうか。そうだとしたら、生活保護を正しく運用した場合、どれくらい予算をオーバーするのでしょうか。

行政の赤字を補うのは自分も含めた住民なので、そのような試算を公表してもらい、具体的な対策を考えなければなりません。これ以上、できれば税金は増えてほしくない、というのが本音ですが…。


あるいは、「審査が大変だから」ということも考えられます。その人の持つ資産や交友関係を全て把握するのは、かなり難しいことだと思います。

生活保護と聞くと、「○○さんの家は、生活保護をもらいながら遊んで暮らしている」という話をよく耳にします。一度支給を決めた場合、再審査にも時間/労力がかかるため、同じ状態であり続ける場合は支給も続くのでしょう。


その他、「慢性的な人手不足」や「『ホームレス』の人々への差別感情」など、「水際作戦」の原因に対するさまざまな声を聞いてきました。一方で、「○○事務所/○○さんはきちんと対応してくれる」といった情報も聞いたことがあります。

支援者の方の、「会社が顧客に怒られてサービスを向上し、成長することもあるように、行政に対しては自分たち住民がきちんとモノを言っていかなければ」という言葉には、はっとさせられました。

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水際作戦

法律や施策には本来あってはならないことですが、「建て前(法律文)」と「本音(運用)」が存在し、実際の生活保護政策では、「水際(みずぎわ)作戦」と呼ばれる、窓口での「申請させずに追い返す」という運用が日常的に行われているとのことでした。


具体的には、たとえば「住所が無いと生活保護を申請できない」と言われ、住所が無いために誰よりも生活に困っている『ホームレス』の人々は、それを真に受けて申請をあきらめることも多いそうです。

「建て前(法律文)」からすると、申請者の住所の有無は関係ないのですが、申請をされると審査をし、きちんとした理由が無ければ(当然ですが)支給をする必要があるため、「本音(運用)」のところで「申請させずに追い返す」とのこと。


日々、幸いにも「ホーム」を持って暮らせている自分には全然見えていなかった世界に触れ、戸惑いを覚えました。

ただ、福祉政策の中でも、特に生活保護は「最後の砦(とりで)」「公的な最後のセーフティーネット」であり、これがきちんと運用される社会の方が、絶対に「暮らしやすく、安心な」社会だろうと思います。

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生活保護との出合い

生活保護という言葉に初めて出合った(少なくとも意識して考えた)のは、2005年の夏。『ホームレス』支援団体(『野宿者』支援、『路上生活者』支援などと呼ぶ団体もあります)の主催する『医療相談会』の場でした。

支援者が「保護を勝ち取る」と言っているのを聞き、びっくりしたのを覚えています。


生活保護とは、「生活に現に困窮している国民に、その困窮の程度に応じ必要な保護を行い、その最低限度の生活を保障するとともに、その自立の助長を図ること」を目的としている福祉政策の1つです。

資産や扶養者がなく、社会保障制度でも保障されない場合、「困窮に至った理由を問わず適用される」と、生活保護法により定められています。


この法律が広く人々に伝わり、正しく運用されていれば、路上生活を望まないホームレスの人々は、保護を受け屋根の下で生活できているはずです。

しかし実際は、自分も含めほとんどの人が、生活保護の存在や、生活保護が「生活に困窮している全ての人々に適用されうる」ということを知らずに暮らし、今日も路上生活者は増え続けています。

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