目次

フラヒのふろく > 2008年11月

農村の日々のあれこれエトセトラ

記事一覧

ホーム > 2008年11月

ジャンベとは

ジャンベ(ジェンベ)とは、西アフリカの国々で演奏されている太鼓のこと。木をくりぬいた胴体に、山羊の皮などをかぶせ、より紐で縛って作られる。上部の皮を手のひらで叩いて演奏する。


叩く強さや位置、手の部分などで音を変え、複数のジャンベや他の楽器(主にドゥンドゥン、サンバン、ケンケニなど)と一緒に演奏されます。

また、アフリカンダンス(ずいぶんあいまいな名前ですが…)と掛け合いを行うことも多く、その激しさや力強さに、いつも魂が揺さぶられる感じがします。


ジャンベが広がるにつれ、ロックやジャズなどのバンドでも用いられるようになり、現在はさまざまなジャンルで演奏されています。


また、需要の高まりとともにインドネシアなどの東南アジアでも生産されるようになりました。そのため、一部地域では、森林伐採などの環境破壊につながっているとの声もあります。


自分も1ジャンベファンとして、現状を知り、改善していく努力をしようと思っています。

タグ:ジャンベ 環境保全

ジャンベとの出合い

『ジャンベ』との出合いは、2003年の夏。『青年海外協力隊』での活動を終え、地元でアフリカに関われる活動はないかと漠然と考えていた頃。

偶然立ち寄った市民ホールで、練習を終えたばかりのジャンベサークルのメンバーが通りかかるのを見かけました。体の半分ほどもある太鼓を抱え、民族衣装に身を包んだ彼らの姿に、何かアフリカのにおいを感じ、恐る恐る声をかけたのがきっかけです。


それから彼らの練習に顔を出すようになり、『バランドゥグ=カン』のメンバーとして活動するようになりました。

週1回の定期練習のほか、他県や海外から講師を招いてのワークショップを企画したり、海辺でのアフリカンダンス・イベントを企画したりしました。


また、顔の広いメンバーのおかげで、地域のお祭りやイベントに参加させてもらったりもしました。メンバーの中にはかなりの強者もいて、他県のイベントに呼ばれたり、西アフリカ・マリ共和国へジャンベやアフリカンダンスを学びに行った人もいます。


1年ちょっとの活動期間の後、『東南アジア青年の船』への参加、そして転居により、サークルには参加できなくなりました。またサークルそのものも、代表の『ぴろ』さんの転勤などが重なり、活動を終えました。


『バランドゥグ=カン』のメンバーの数人は、先輩チーム『ベン=カン』に合流。現在もさまざまな場面で活動を続けています。

タグ:ジャンベ

国際協力との出合い

『国際協力』との出合いは、2000年の夏。『青年海外協力隊』への参加でした。

応募したきっかけは、「海外で働いてみたい」「違う価値観に触れてみたい」という漠然としたもの。「協力」という言葉への実感はありませんでした。


実際に派遣され、農村の中学校で数学を教えることになりましたが、苦労の連続でした。

最初にぶつかる壁は「言葉」でしたが、言葉が何とか通じるようになってからも、「習慣の違い」や「初等教育の違い」など、自分が学校で習って理解してきた方法が通じないという経験を繰り返しました。


「協力」に含まれる「対等な関係」「ギブアンドテイク」といったことが実現できたのか。自分は何かを提供できたのか。そういった思いは帰国後も続いています。


また、国際社会の中で日本の持つ影響力、特に「経済力」「お金の力」の大きさを実感しました。日本人が自分の持つ預金などの資産やお金の使い方にもう少し意識を傾けることで、世界のさまざまな課題に対応できること。

逆に、無意識のうちに様々なことに影響を与えてしまっている現実を知り、そういった部分を変えていくことも『国際協力』の大切な形だと実感しています。


そのような意味で、『エコ貯金』や『フェアトレード』、『地域通貨』、『市民ファンド』などの考え方にも共感し、今は日本国内でできることを模索しています。

タグ:国際交流 エコ貯金 フェアトレード 地域通貨

開発教育とは

開発教育とは、開発をめぐるさまざまな問題を理解し、望ましい開発のあり方を考え、共に生きることのできる公正な地球社会づくりに参加することをねらいとした教育活動です。(『開発教育協会』サイトより抜粋)


開発教育には様々な定義や概念があります。その中で、開発教育の起こりから現在までの流れを簡単にあらわしているものとして、分かりやすいと思ったものを簡潔に紹介します。それは、開発教育を3分野に分けています。


第1分野は、「途上国の現状」です。第2次世界大戦後、世界中の国は『先進国』と『開発途上国(発展途上国)』に分かれ、先進国から開発途上国への「開発援助」が盛んに行われるようになりました。

1960年代頃から、開発途上国でのボランティア活動などに従事した、国際機関、NGO、青年海外協力隊などの経験者を中心に、「開発途上国の現状を知ろう、伝えよう」という動きが盛んになり、その中で『開発教育』という分野・概念が生まれました。


第2分野は、「世界の構造」です。開発途上国の現状を知る中で、開発途上国の貧困やさまざまな課題が、先進国のライフスタイルと深く結びついていて、その課題を解決するためには先進国の人々の行動が欠かせないことに気づきます。

それを世界の「構造」の問題として捉え、「世界の構造を知ろう、学ぼう」という動きが、『開発教育』の中に生まれました。


第3分野は、「足元からの実践」です。世界の構造を知るにつれ、開発における様々な課題が「自分」の行動と強くつながっていること、同時にその解決は複雑でとても困難であることに気づきます。

その上で、自分の属する地域やコミュニティなどを通して、様々な課題の解決に向けて、「足元からの実践をしよう、行動しよう」という動きが、『開発教育』の中に生まれています。


上記の3つの分野は、密接に関連しており、それぞれの研究者・学習者にも、他分野への知識や理解が求められています。特に第3分野の「実践」は、現在進行中の様々な課題を取り扱う『開発教育』に不可欠な視点・取り組みだと考えています。

タグ:開発教育

国際交流との出合い

『国際交流』を初めて意識したのは、1999年の秋。

翌年からの『青年海外協力隊』への派遣を控え、それまでほとんど意識していなかった、大学の留学生センターでの日本語ボランティアや、『ヒッポファミリークラブ』に参加しました。

自分にとって、「国際交流⇒まずは語学」という意識が働いていたんだと思います。


同じ頃、『Up With People』の公演を見に行きました。その力強い舞台に感動し、自分もいつか参加したいと、漠然と考えていました。


青年海外協力隊からの帰国後、地元の国際交流NPOの活動にボランティアとして参加。近くにあった大学は、学生の半数が留学生で、50か国以上の学生が在籍していて、とても刺激的な環境でした。

その後、『九州アジア大学』や『東南アジア青年の船』に参加。自分の関心が日本国内やアジアに向いていきました。


現在も仕事として、またボランティアとして『国際交流』に関わっています。自分が国際交流をする立場から、他の人に国際交流をしてもらう立場となり、改めてその目的や意味を考えているところです。


このサイトでは、言葉としても実践としても少しずつ広がりを見せている『国際交流』について、見聞を広めながら、少しずつ情報発信していければと思っています。

タグ:国際交流

開発教育との出合い

『開発教育』という言葉を初めて耳にしたのは、2005年の春。『地球市民アカデミア』という講座を受講したときです。

アフリカ・ケニアでの『青年海外協力隊』や、その後の『東南アジア青年の船』の経験を通して、外国とのつながりを深めつつ、これから自分がどう生きていこうかと漠然と考えていました。


開発教育という学問の一分野に出合い、座学だけでなく実践を通して、もう少しその分野を深めたくなり、その後3年間、『地球市民アカデミア』の運営に関わりました。この講座そのものが、開発教育の学びの場であり、実践の場でもありました。


このサイトでは、言葉としても実践としても少しずつ広がりを見せている『開発教育』について、見聞を広めながら、少しずつ情報発信していければと思っています。

タグ:開発教育

↑ページトップへ