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キャリナビ

1999年秋。大学卒業まで半年となった頃、就活で知り合った大切な友人から、『キャリナビ』への参加を誘われました。

「身近にいる面白い大人に取材に行って、それを記事にしてホームページに載せる」というアイデアがとても楽しそうで、二つ返事でOKしました。


当時キャリナビは発足したばかりで、代表のゆかりさん、アドバイザーの宮城さん・河野さんと、学生が数名という状況でした。活動を始め、コンセプトは固まってきた。次は記事だ、ホームページだ、ということで、記者班とWeb班に分かれて走り出しました。

Webにも興味がありましたが、記事があってのWebです。学生メンバーで役割分担し、半年間を記者として活動しました。


身近なかっこ良い大人にキャリナビの趣旨を説明し、アポイントをとり、友人を誘って突撃インタビュー。取材をするほどテープが溜まり、夜中に学校の端末室でこつこつとテープ起こしをしました。

ナビゲーターさん(取材を受けてくれた方)のお話はとても面白く、自分のつたない文章力にやきもきしました。


卒業後は青年海外協力隊の参加後に地元で就職。転機があって上京後も特に関わりはなかったのですが、2007年、六本木から市ヶ谷へキャリナビの事務所が移ることになり、縁あって再び参画することになりました。

活動休止から2年。ゆかりさん不在の間がんばってくれたスタッフ達、ゆかりさん復帰後に二人三脚で頑張った中村君、それぞれの地道な努力は、本当にすごいと思います。


市ヶ谷の活動をゼロから模索する中で、たくさんの戸惑いや混乱、スタッフ間やメンバーとのぶつかり合いがありました。「キャリナビのミソはレポートミーティング」というのもうなずけます。

特に、スタッフ間の意見の相違をまとめていく立場の鈴木さん、楽山さん、本当にお疲れさまでした。


2009年の夏を期に、キャリナビの活動は再び休止します。これまでに蓄積されてきた、学生記者とナビゲーターさんの真剣勝負の記事を読み返し、少しずつキャリナビ記事の感想を書いていこうと思います。

タグ:20代 キャリナビ

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