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パフ

大卒の求人倍率が1倍を切った1999年の就職活動。周りの理系の友人たちが学校推薦の就職や大学院への進学を考え始める中、自分は研究もそこそこに、企業説明会への参加に精を出していました。

初めて知る業種や会社の様子にわくわくし、時間の許す限り、いろんな業種・職種の企業説明会や、就活イベントに参加しました。


説明会に参加するのは気楽で楽しかったものの、いざ自分の進路となると漠然としていて、のんびりした(戦いモードではない)人を見かけるとほっとして、声をかけ、次の会場へ向かいがてら、お互いの状況や将来について話したりしていました。


そんな中で出会ったのが、『株式会社パフ』。新卒学生の就職支援会社としてスタートを切ったばかりの会社でした。素朴ながらも真剣さと熱意を感じて、少人数制の就職セミナー『うまれよ塾』に参加しました。


参加申込書には、その時の迷っている気持ちを率直に書きました。青年海外協力隊に参加したいこと、教師にもあこがれていること、でも受かるのは難しそうで、就職活動も行っていること。

いざ塾が始まってみると、同じように悩める学生が集まっており、そこで社長の釘崎さん、塾長の寺岡さんと出会いました。


お2人からは、訥々と、厳しく、1人1人の志望の掘り起こしが始まりました。自分の曖昧さを真正面から突かれ、返す言葉もなくうつむきながら、「本気で」将来を考え始めました。思えばそれが、本当の就活の始まりだったのかもしれません。


それで将来やりたいことがはっきりと分かった訳ではありません。30歳を過ぎた今も、本当の「関心」と、一時的な「興味」の間を揺れながら、仕事の模索を続けています。

ただ、少なくとも当時、「協力隊を第一志望に、教育系の企業を第二志望に」据え、いくつかの企業の選考から外れながらも教育実習を選び、終了後に気持ちを新たに就活ができたのは、『パフ』のサポートがあったからだと思っています。


就活の区切りがついたその年の夏、パフの事務所でインターンをしました。総勢7名の変わり者達。企業のリストを手に、電話でアポを取り、パフを売り込む仕事でした。成果はほとんど出ず、成功物語はありません。

でも、いろんな人生を歩む仲間と、今も気さくな釘崎さん、日々進化するパフに出会えたことが喜びです。

タグ:20代 パフ

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