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パパ・タラフマラ

草原に立つ、真っ赤なドレスを着た女性。1枚のポスターが自分の人生に与えた影響は、とても大きかったようです。


1998年の夏。大学の掲示板に貼られていたそのポスターは、劇団『パパ・タラフマラ』の『春昼(はるひる)』の公演案内でした。

それまで演劇には興味があったものの、ほとんど見たこともなかったのですが、なぜかそのポスターに惹かれ、立ち止まりました。


そのポスターには、本番の案内と同時に、公開練習の案内が書かれていました。差し迫ったその日時と場所を手帳に書き、おそるおそるその場に行ってみると…。誰もいない?

問い合わせてみると、会場が隣町に変更になったとのこと。なぜかは覚えていませんが、そこであきらめず、車を飛ばして隣町に向かいました。


会場では稽古の真っ最中。そこで初めて知ったのですが、『春昼』の舞台では、市民からコロス(エキストラ)を募っているとのこと。

公開練習まで見に来る人は珍しかったらしく、男性が足りなかったこともあり、応募の締切は過ぎていましたが、「参加してみない?」と誘われました(その方が役者さんであることも、後から知りました)。

突然のことに即決できず、1日だけ待ってもらうことにしましたが、翌日には「お願いします」と返事をしていました。


『パパ・タラフマラ』での稽古は、自分の想像していた劇団の稽古とは全然違いました。一般市民が相手ということもあったのかもしれません。

音楽に合わせて、「はい、踊って!」と言われたり(当然まごつきました)、ペアになって、体の節々の筋肉・関節をほぐしていったり、その場ですばやく倒れる練習を何度もしたり…。全てが異世界でした。


中でも、床に貼られた20メートルくらいの直線テープの上を「できるだけゆっくり歩く」練習が、深く印象に残りました。

みんなが一生懸命にゆっくり歩く中、演出の小池さんの指示は、「そうじゃない。時間の感覚を変えるんだよ。自分の中に流れている時間をゆっくりしていくんだ。」というもの。

その時の感覚は、今でも忘れられません。「自分の中に流れる時間」というものがあるなんて、それまで考えたこともありませんでしたが、意識を集中していくうちに、ほんのかすかに、その存在に出合った気がしました。


舞台の上で役者に流れている時間が、それを見ている自分のものと違うことに観客が気づくとき、そこに初めて舞台上の世界の「リアル」が生まれるんだそうです。


その感覚、自分の中に流れる時間を意識することは、その後の自分の人生の中でふとした瞬間に思い出されて、そんな瞬間に立ち会うと、なんだか体と心がほっとします。誰のものでもない、自分だけの時間を持っていることに、励まされるのかもしれません。


『春昼』の後も、その年とその翌年の2回、『パパ・タラフマラ』が主催する演劇ワークショップに参加しました。

1年目は性別を超え、人間ですらなくなって演じ、2年目は逆にどっぷりと人間を演じました。そこでの経験と、そこで出会った仲間たちは、自分の人生をとても豊かにしてくれています。


その後の自分は、「超氷河期」と呼ばれた就活を通り抜け、「ロスト・ジェネレーション」と言われる世代に属していますが、『パパ・タラフマラ』の皆さんが今も身をもって示してくれている、「人生にはいろんな選択肢があるんだよ」「勝ち組、負け組なんてないんだよ」というメッセージに強く共感しながら、そういった環境づくりに少しでも関われる人生を送りたいと願っています。

タグ:20代 パパ=タラフマラ

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