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つながらなければ何もできない

紡[つむぎ]の定例会に参加しました。新しく参加する人も増え、ざっくばらんな話がとても興味深く、勉強になります。


昨年の秋から続く今回の金融危機は、1998 年頃に起こったアジア金融危機を超えてしまうかも知れないそうです。

当時、山谷の炊き出しには700~800人ほどが並び、お米が不足して、年間200万円ほどかかり、他の地域でもお米が不足したため、いくつかの団体が共同で『フードバンク』を立ち上げたという話を聞きました。そして最近の山谷の炊き出しでは、600人を越えるホームレスの人たちが並んでいると言います。


昨年末に立ち上がった『派遣村』も今月で終わることを聞きました。派遣村は、各地域のホームレス支援団体にとっても、セーフティネットの役割を果たしていたそうです。28日には、浅草でシンポジウムが開かれ、総括と今後の展望が話し合われるそうです。


話は社会運動にも及びました。そもそも「支援者」というスタンスは疑問で、自分も社会の一員なんだから、立場は違っても同じ社会の「当事者」ではないのか。支援する側の数は増えないのに、当事者の数が増え続ければ、今回の派遣村のように限界が来るのは当然で、結局は当事者がやっていくしかない。

社会運動の根幹には、人としての尊厳を奪われている現実があり、それを取り戻すには地道な「共同作業」しかない。など、多様な意見交換の場となりました。


また、長年ホームレス支援に関わっている人から、派遣村に来る若者には、1人で働いて、1人で辞めさせられ、1人で路上に出て、1人で派遣村に来る若者が多かったことを聞き、特に最近の傾向として、労働者が孤立させられている現実が見えてきました。

「つながらなければ何もできない。人をつなげていくのが、支援団体の役割なのでは」という言葉が印象に残っています。


では、なぜ人はつながろうとしないのか。つながるには、まず今の自分を認める必要があるが、「本当の自分はこんなんじゃない」と、自分の現実を受け入れられないのでは、との見方も出ました。

海外の貧困支援の現場に関わっている方からは、『ピア・カウンセリング』を国内の貧困問題の支援活動にも使えないかとの提案もありました。


また、「屋根には人の命を守る側面もあるが、人を孤立させる側面もある」という言葉に驚きました。生活保護を受け始めてアパートに入ることにより、路上生活で作り上げたコミュニティから離れてしまい、孤独になる人が後を立たないとのことで、「”どう路上を脱するか”も大切だが、”どう路上で生き抜いていくか”、”どう人とつながっていくか”という切実な問題も忘れてはいけない」と話していました。


毎月、本当にたくさんのことに気付かされます。現実はいっそう厳しく、自分にできることとして、悩みつつも発信していこうと思います。

タグ: 反貧困 社会起業 金融危機

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