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へだたり 野宿者支援と難民支援

1か月ぶりに紡に参加しました。今日は、予定していたDVDの上映を変更し、参加者がざっくばらんに話す会となりました。

まずは、知らなかったたくさんの事実に驚きました。

ホームレスの人々やネットカフェ難民、 DV被害者でシェルター住まいの人など、住民票が無かったり不備があると、定額給付金がもらえないこと。同様に、住民票が無いと、選挙権など多くの(50 以上とも言われる)権利が剥奪されること。

日産の「ゴーン革命」によるリストラでは、工場などの何万人もの労働者が解雇されたが、そういう負の側面にはほとんど注目されなかったこと。日本の1960~70年代は、ほとんどが「正社員」「総中流」だったという幻想の嘘。


一つ一つの事実には、表も裏もあるのでしょうが、そういったバランス論では、路上生活を望んでいないのに強いられている人が増えている現実を変えられないのではないか、と感じました。税金を上げてでも、社会保障費は増やすべき。ただ、税金を上げても社会保障費が増えるとは限らない…。うーん。


路上で暮らす人や難民申請が通らない外国の人と接していると、「何かしなきゃ」という想いが強くなります。でも、1人の人と向き合うのって、本当に難しい。

支援者の人たちには、「まずは仲良くなって、話を聞いてほしい」と言われるけれど、仲良くなってきて、彼らの持つ心の傷を見せてくれるようになると、自分が、彼らの現状(路上で暮らさざるを得なかったり、外交関係で難民申請が通らなかったり)を生み出している側の1人である事実を突きつけられてしまって、結局目をそらしてしまうということを何度も繰り返してきました。


だから、制度と運用が大切。特定の人が、自分の生活を犠牲にするほど頑張って、何とか彼らを支えていくのではなく、みんなが少しずつ負担して、きちんとした制度をつくり、きちんと運用していく。…でもそれって、1人の人と向き合うより難しいのかも?


頭でっかちな自分は、またもや思考のループにはまっていくのでした。

タグ: 反貧困

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